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2021年4月2日金曜日

北米大陸オートバイ旅行-2005年8月1日

2005年8月1日(月)

  8時起床。C氏は会社に出かけるので、これでお別れ。部屋の鍵は1階にいるドアマンに渡せばよいとの事。

 9時出発。マンハッタン島を出る(正確にはHudson川を渡る)には昨日通ったHolland TunnelかLincoln Tunnelか、ワシントン橋の3つうちどれかを選ばなければならない。トンネルは風景が何も見られないので、 一番北に位置しているジョージ・ワシントン橋を選ぶ。だがニューヨーク、大都市だけあって、ここにたどり着くまでに結構な時間をかけてしまった。

大都会ニューヨークをバイクで走るのもなかなかいいものである。
だが、油断は出来ないほど道路の凹凸が激しい

 橋を渡ったあとも久しぶりに道を間違えてしまった。間違えたと言っても5、6マイルだけなのだが、方向感覚に自信を持っているだけにちょっと凹んだ。

ジョージ・ワシントン橋からの風景
(なぜかこの橋のStreet Viewが存在していない)

 正しいコースに戻ってからは至って順調。途中、ガス欠になるんじゃないかと思った事があったが、ノートラブルでナイアガラ付近まで来る。14時くらいに宿に電話するも、誰も出ず。ガイドブックによると16時からとの事なので、16時半にもう一度電話。しかしまた誰も出ず。もしかして閉まっているのかと思い、ナイアガラの滝付近に宿をとるんじゃなくて、バッファローというちょっと離れた所にしようかと思って、もう一度電話をかけると、出るではないですか。そんな込んでなさそうな電話対応であった。
 満員で断られるのを心配していたのが、馬鹿みたいだ。だが、夏はオンシーズン。早めに予約するべきだと思う。


私はこのバイク旅行でアライのRX-7のヘルメットを使っていました


 宿が確保できたが、問題がもうひとつ。電話をかけたのが18時ごろ。電話した場所から宿までは40マイル以上ある。暗闇の中を走りたくないから、多少の出費は我慢して、有料高速を走ることにした。
 ゲートで日本の高速みたいにチケットをもらい、走るのだが、他の車は無料の高速道路よりスピードを出すように思える。僕も全開で75mph走行。もうこんな走りはしばらくはしないと思う。

 終点近くになると渋滞し始める。10ドルくらい取られると思って20ドル札を用意したのだが、料金はたったの1.2ドル。財布から取り出すのも面倒だったので、20ドル札を渡す。

 料金所で注意が必要だ。オイル漏れを起こしている車が多いのか、料金所の地面はツルツルだ。昨日のマンハッタンに入る料金所でもそうだったし、今日もそうだ。ライダーの皆さん、お気をつけて。


 19時過ぎ、やっとチェックイン。普通の一軒家を宿にしたようなユースホステルだ。スタッフはアジア人のおばちゃん一人。バイクで来たと言ったら驚いていた。アメリカ人やカナダ人だったら、バイク旅行しているのを見たことがあるが、外国人では初めてだそうだ。

 腹が減ったので、食事を兼ねながらダウンタウンへバイクで行く。ダウンタウンについてまずしたのが駐車スペースの確保。すぐに見つかり、駐車。先に停めてあったカワサキ、ハーレーの隣だ。大排気量の隣に置くと、なんとも小さく見える。

 ダウンタウンをブラブラ歩き、ホテルの駐車場で今、日記を書いているノートパソコンを立ち上げる。無線インターネットが使えるホテルだからだ。しかし、ユーザー名とパスワードが必要だったので、接続できず。
 その他のホテルで、同じことをするも、状況変わらず。諦めて夕食にする。屋台の「チキンカレー」。インド人らしき人がやっていて、味もなかなか。これで6ドル。安くはないけど、観光地価格の中では安い方だと思う。

 バイクで宿に戻り、通りを見ると、街灯がないので、真っ暗な通り。こんな道怖くて歩けない。

 夜、コモンルームで、中国語の新聞を読む。世界時報という新聞だ。読んでいると、スタッフのおばちゃんが、「中国語読めるの?」と英語で話しかけてきて、Yesと答えると、中国語で話しかけてきた。
 ああ、やっぱり。上海出身らしく、こちらで中国語を教えているそうだ。中国語で他愛もないことを話す。だが、話す内容で日本人と違うのは「給料はいくらだ?」という質問があること。お金に関してやっぱりがめついと言うか、しっかりしていると言うか。

 7月下旬の日記が溜まっていたので、いくらか書いた。だが、それでもまだ足りない。明日また書かねば。 

本日の走行距離:445マイル(712km)
総走行距離:7,962マイル(12,739km)

当時走行したルートと異なる可能性があります

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